「日本語だからできる」という幻想。
- 1月24日
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「国語なんて、なんとかなる」
そう思っている生徒は少なくありません。理由はシンプル。「日本語を話せるから」「読めるから」「書けるから」。
では、聞きます。「話せて、読めるのに」、なぜ100点が取れないのですか?
これを英語で考えてみましょう。もし、英語がペラペラな帰国子女が、日本の中学や高校の英語のテストを見たらどう思うか。「簡単すぎる」と笑うでしょう。しかし、日本語がペラペラな皆さんが、国語のテストを見て「簡単だ」と笑えますか?笑えないはずです。
なぜか。
根本的に、問題作成の「前提」が違うからです。
英語のテストは、「読めない・書けない」という前提で作られています。対して国語のテストは、「読めて・書ける」という前提で作られています。つまり、スタート地点のレベルが段違いに高いのです。日常会話ができる程度の日本語力で、太刀打ちできるはずがありません。
今、この講座に在籍している生徒たちは、10ヶ月間、「目の付け所」という技術を徹底的に磨いてきました。なんとなく読むのではなく、見るべき場所を見る。その結果、今ではほぼ全員が正しい場所を見つけ、筆者の主張を的確に捉えられるようになりました。
「読み方」は、完成です。
ここからは、その土台の上に「解き方」を乗せていきます。選択肢の選び方、記述のまとめ方。
「読み方」と「解き方」。この両輪が揃った時、国語は「感覚」ではなく、高得点を維持できる「論理」になります。
日本語ができるからこそ、油断する。その隙を埋めるのが、プロの仕事です。

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